◆雛乃をお見舞い
裕樹「はい、あーん」
 
雛乃「あ、あーん……」
 
ためらいがちに口を開くヒナ。小さな口で、俺の手からおかゆを口にして、
もぐもぐとゆっくり咀嚼して。
 
雛乃「……えへへ、ちょっと恥ずかしいかも」
 
やってる俺の方も充分恥ずかしかったが、ヒナが寝込んでいる今だからこその醍醐味だ。
 
裕樹「あー、味付けはどう? 薄すぎない? もっと甘い方がいい?」
 
雛乃「ううん、すごく美味しいよ……」
 
裕樹「それはよかった」
 
雛乃「ユウくんの愛情がいっぱい入ってるからかな? なんて……」
 
裕樹「……うは」
 
自分が言ったセリフを反芻されて気付く。
俺はなんて恥ずかしいことを口走ったのだろう。
 
裕樹「はい、あーん」
 
雛乃「あーん♪」
 
そんなバカップルっぷりを遺憾なく発揮しつつ、
おかゆを平らげさせてから、再び横にさせる。
食事の後は、薬だな。念のため、市販品の解熱薬も買ってきてある。
 
裕樹「薬、これで平気か?」
 
雛乃「うん、ありがとう。いつも飲んでるのと一緒だよ」
 
裕樹「そっか、それは奇遇だな。良かった」
 
早速薬を取りだし、白湯と一緒に渡す。熱のタイプの風邪に狙いを定めて、
早いところ治ってほしいもんだ。
 
裕樹「あとは何かして欲しい事はある?」
 
雛乃「……ちょっとだけでいいから、側にいてほしいな……ダメ、かな?」
 
裕樹「喜んで」
 
病気になった時、人恋しくなるのはよくわかる。できる限り、傍にいてあげよう。
俺はヒナの頭を撫でてあげると、自分から頭を寄せて、
スリスリと嬉しそうに俺の手を受け止める。
 
裕樹「ははっ、なんか、犬か猫みたいだな」
 
ポツリと、何気なく。小動物系だ。
 
雛乃「うふふっ、わんわん。ごしゅじんさま、なでてくださーい」
 
……ぶっふ。
 
裕樹「お、おう、しょうがないなー、もう。ヒナは甘えん坊だな」
 
雛乃「くぅ〜ん♪」
 
いかん、いろんな部分からいろんな体液が吹き出しそうだ。
いろいろ吹き出しそうなのを堪え、俺はヒナが満足行くまで撫でることにした。
ちょっとだけ汗で湿った髪を指ですく。
体温の高さが伝わってくる。まだ熱はあるらしい。
 
雛乃「……ごめんね、わがままばかり言ってて」
 
裕樹「これぐらい、わがままでも何でもない。俺だって、楽しくてやってるんだからな」
 
雛乃「こんなに一緒にいられるなら、たまには風邪をひくのも悪くないかも……
    すごく嬉しいよ」

 
その言葉は、とても自然に。染み渡るように、俺の心へ響いた。
さっきとはまた別のモノが出ちゃいそうだった。
ヒナの目がトロンとしてきた。薬が効いてきたのだろうか。
 
裕樹「ずっと側にいてやるからさ。少し眠った方がいいよ」
 
雛乃「……うん、そうする……ふぁぁ……」
 
雛乃「手繋いでいてもいい……?」
 
裕樹「もちろん」
 
雛乃「ありがと……ぅん……」
 
そうして、俺の手を握り、ヒナは静かに目を閉じる。
そして、1分と待たずに、その呼吸は寝付いたものへと変わった。
眠っていても、ヒナは俺の指先を軽く握ったまま、離さない。
 
裕樹「ずっと、側にいるからさ」
 
俺の呟きに応えたかのように、眠っているヒナの手がキュッと俺の手を握った。