◆クールビューティは自由落下がお好き
 
裕樹「……はっ!!?」
 
そこで、俺は我に返る。
なんで俺はこんなスゲェのに乗ってしまったんだ!?
 
女係員「それでは、いってらっしゃいませ〜!」
 
ガコン! と、ロックの外れる大きな音を立て、
『GOKURAKU』は、極楽を目指し始めた。
 
裕樹「動いた! 動いたぞ!」
 
紫苑「動かない方が問題でしょう」
 
どんなに高く昇っても、
東條は今までとまったく変わらない表情のままだ。
GOKURAKUはさらに高く昇る。
地面が遠くなる。
観覧車とは異なり、地面が直で見える。
前を見れば、ビルの屋上が見える。
ビルの屋上も越え、地平線すらも見えそうなほどだ。
 
裕樹「うぉぉ、高ぇーっ!?」
 
紫苑「……もしかして、神谷さん」
 
裕樹「な、なんだっ?」
 
紫苑「怖いのですか?」
 
裕樹「怖いわけないだろうっ!」
 
俺の限界の虚勢だった。
 
紫苑「ぷ」
 
東條に笑われた。
 
その瞬間、ガコンと音を立てて、
GOKURAKUは停止した。
周りの乗客から聞こえてくる絶叫。
そして、一瞬の後、訪れる浮遊感。
 
紫苑「――落ちます」
 
――落下。すたーと。
 
裕樹「うおぉおぉぉおおおぉぉおぉぉぉっ!?」
 
紫苑「………………!」
 
落ちているのか、昇っているのか、
わからなくなる無重力の感覚。
眼前に見えていた広大な景色が、一瞬で見えなくなる。
内臓が浮き上がり、口から何かが飛び出そうな感覚。
うわ、やべ。俺、死ぬかも。
死ぬかも死ぬかもッッッ!
 
女係員「おつかれさまでしたーっ!」
 
プシューーーッ
いつの間にか、GOKURAKUは地上へと降りていた。
擬似臨死体験は、ほんの数十秒の出来事だった。
 
裕樹「ぷはぁぁぁぁぁ……」
 
無意識の内に、落下の瞬間から息を止めていたらしい。
心臓がバクバクしている。
足がガクガクしている。
いや、参った。ここまでの物だったとは。
 
裕樹「ど、どうだ、東條。ちーとも怖くなんてなかったよな!? なっ!?」
 
声を高々にいう者が、一番怖がっていたという法則発動。
 
紫苑「……あぁ……」
 
裕樹「ん? どうした、東條」
 
紫苑「何故、このような自然落下で、人は快感を得ることができるのでしょう」
 
相変わらずの淡々とした口調。
ジョーカーのコイツをもってしても、やっぱりダメか。
と思った矢先。
 
紫苑「これは……嫌いではないです」
 
裕樹「え?」
 
紫苑「このパスポートがあれば、何回乗ってもいいのですよね?」
 
裕樹「あ、ああ、うん……」
 
今日初めて、東條から聞いたポジティブなセリフ。
俺を置いて、東條は再びフリーフォールの列に並ぶ。
 
裕樹「え、ちょ、ちょっと!? もう1回乗るつもりッ!?」
 
紫苑「あなたは乗らないのですか? ああ、やはり、怖いとでも?」
 
裕樹「ん、んなわけあるかーい!」
 
紫苑「うおぉおぉぉおおおぉぉおぉぉぉ(棒読み)」
 
裕樹「なんだい、それ」
 
紫苑「落ちる瞬間にあなたが発していた言葉です」
 
裕樹「ハハハ、知らないナァ!」
 
紫苑「そうですか。では、もう一度乗っても、問題ありませんね」
 
男にはどうしても退けない時がある。
自分の信念を馬鹿にされた時と――
女の子が笑ってくれた時だ。